the, oct 22, 2015

会社員のニシオカは通勤のとき、スーツの肩にバッグをかける。そのことを妻がやんわりと非難する。スーツの型崩れをいうのではない。スーツを着たときにはバッグは手に持つものだ、という行儀のことをいうのだ。
ニシオカは耳を貸さない。ニシオカのバッグには書類やらノートPCやらで重さは三キロを超える。こんなものをずっと手にもっていたら握力がなくなってしまってキーボードを叩けなくなる。またこのビジネス用のバッグには肩にかけるためのストラップが元からついているのだ。それを肩にかけて、なにがわるいというのか。ラッシュ時のターミナル駅の光景を見てみればよい、とニシオカは思う。皆、同じように、スーツの肩にバッグかけて歩いているではないか。

ニシオカが勤める会社はクールビズを採用している。夏場は半袖のシャツにネクタイはしめない。暑がりのニシオカは上着を着用する季節でも、ときおり上着を脱ぎ、半袖のシャツにネクタイの姿になる。そのことを部下が諫める。課長、スーツの下に半袖のシャツは着ちゃダメです、それと半袖のシャツにネクタイもダメ、と。この優男は夏でも上着を着て、ネクタイはしめないものの長袖のシャツの袖をいつも上着の袖口からのぞかせている。おおかた、客先へ向かうとき、服装に頓着のない上司と並んで歩くのが嫌なのだろう。
ニシオカは部下に従う気はない。一方、部下はニシオカに従わねばならない。優男がニシオカよりも優秀な業務成績を残せば、簡単にニシオカを超えて上席に座ることができる。だがそんなことはこのさき何年経っても起こりえないことをニシオカはわかっているし、部下もまたわかっていた。

足が蒸れやすいニシオカは社内では靴をサンダルに履き替えている。サンダルと言ってもニシオカのそれはゾウリと呼んだ方いい代物だ。そのことを部内の若い女性がダサいという。履き替えたいならもっと格好のいいものを履いたらどうか、せめて昼食に外出するときは靴の方いい、と。
部内の懇親会でいつも同じことを言われても、ニシオカは気のない返事で受け流す。するとこの女はすぐに厭きてしまい別の話題へ移る。そこから話は脈略なくあちこちに飛んでゆく。そうしてニシオカは若くて聡明な女性の未熟な人生観と世間の見方を観察する。

定時に退社して駅に向う道の途中、右肩に衝撃を受けた。乱暴な自転車が通り過ぎていった。ニシオカのビニル製のバッグはストラップの根元がはずれ、3.3キログラムの塊がサンダル履きの足の甲に落下した。